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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)728号 判決 1960年4月26日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について。

論旨は、原判決が、家屋保存の必要上その修繕のため、その家屋の賃貸借を解約し得ると判断したのは、民法六〇六条、借家法一条の二の解釈を誤つたもので、違法であると主張する。

しかし、賃借家屋の破損腐朽の程度が甚しく朽廃の時期に迫まれる場合、賃借人たる家屋の所有者は、その家屋の効用が全く尽き果てるに先立ち、大修繕、改築等により、できる限りその効用期間の延長をはかることも亦、もとより所有者としてなし得る所であり、そのため家屋の自然朽廃による賃貸借の終了以前に、意思表示によりこれを終了せしめる必要があり、その必要が賃借人の有する利益に比較衡量してもこれにまさる場合には、その必要を以つて家屋賃貸借解約申人の正当事由となし得るものと解すべきを相当とするのであつて、かかる場合にまで常に無制限に賃貸借の存続を前提とする賃貸人の修繕義務を肯定して賃借人の利益のみを一方的に保護しなければならないものではない。

本件についてみるに、原審認定の事実関係によれば、本件家屋は、原判示の如く腐朽破損が甚しいため姑息な部分的修繕のみで放置するときは、天災地変の際倒壊の危険すら予想せられ、改築にも等しい原判示程度の大修繕を施さない限り早晩朽廃を免れないものとせざるを得ない。而して本件家屋賃貸借の実状殊にその賃料の額に徴し、また前記の如き大修繕の必要と被上告人が解約を申入れるに至つた原判示経過とをも併せて考慮するときは、上告人が本件家屋賃貸借により有する利益を比較衡量しても、被上告人が上告人に対し本件家屋賃貸借の解約を申入れるにつき正当事由のあることを肯定すべきものとするのが相当である。(昭和二八年(オ)第一四〇八号同二九年七月九日第二小法廷判決、民集八巻七号一三三八頁、昭和三二年(オ)一一八〇号同三三年七月一七日第一小法廷判決参照)

されば、これと同趣旨の判断をした原判決は正当であつて、所論の違法がない。

論旨は、これを採用し得ない。

同第二乃至第四点及び第六点一、二について。

論旨は要するに、原判決に、証拠によらずして事実を認定した違法、採証法則並に経験則違反、審理不尽による理由不備並に理由齟齬の違法があると主張する。

しかし、原判決挙示の証拠によれば、本件家屋が建築後約三〇年を経過し、原判示程度の腐朽破損状態にあり、速かに原判示の如き大修繕を必要とし、これをしないまま放置すれば天災地変の際倒壊する等の危険を招く虞れがあり、かつ早晩朽廃を免れない旨の原審事実認定は、妥当として是認するに難くない。而して、天災地変が惨害をもたらす様相は、時と所とにより甚しく異るものであつて、予めこれを完全に測定することは、未だ人のよくする所ではない。天災地変の際或る建造物が一見脆弱の如くにしてよくこれに克ちながら、或るものは、一見強固の如くなるに拘らず大破或は倒壊を免れなかつた特別の事例もあるべく、また腐朽破損のまま形態を保ち続けたる建造物にして、僅かの衝撃により平穏時に突然崩壊することも人のよく知る所である。所論の如き特別の事例あればとて、前記事実認定を左右するものではない。原判決に所論の違法がない。

論旨はすべて、結局原審の裁量権に属する証拠の取捨判断、事実認定を独自の見解に立つて非難するに帰するのであつて、これを採用し得ない。

同第五点について。

論旨は、原審に、民訴一八七条、三九五条違反があると主張する。

本件記録中の所論口頭弁論調書によれば、同口頭弁論期日において、当事者双方の各代理人が従前の口頭弁論の結果を陳述することにより、弁論更新の手続が履践せられたこと明かであるから、原審に所論の違法がない。

論旨は採用の限りでない。

同第六点三について。

論旨は、原審に訴訟法上の公平の原則を欠いた違法があると主張する。

本件記録中の所論口頭弁論調書によるも、上告人が所論の理由により所論の申立をした事迹を認め得ない。

その申立のあつたことを前提とする論旨は、採用の限りでない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔)

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